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■ライブレポートNo.1 1990年 ポール=マッカートニー Get Back Tour 東京ドーム公演

 1990年3月3日の土曜日。僕は東京ドームの前に立っていた。

 夢にまでみたポール=マッカートニー東京公演

 でも,「コンサート」へ行くというよりは,ほとんど初めてメッカへ巡礼にゆくイスラーム教徒とか祖国へまだ見ぬ肉親を探しに来る中国残留孤児のような気持だったと言ったほうがいいみたいだった。

 何度も何度もバカみたいにバッグの中のチケットを確認しながら,岡山駅を朝10時に出発して東京に着いたのは昼の2時。東京ドームに着いたのはまだ午後2時半だった。

 コンサートが始まるまでもう4時間ある。本当はそのあと様子だけ見てどこかで買い物でもしてこようと思っていたのだけれど,ドームに着いたとたんそんな気持はどこかに吹き飛んでしまった。

 僕は,もうそこから動くことができなかった。

 今,ここにポールがいる。そう思うともうダメだった。今ここを離れたらもう2度と戻って来ることができないような気がして・・・。おかしな話だけれど,あのときは本当にそう思った。

 16年待ったんだもの。中学校1年生のときFM放送で初めてポールとウイングスの『ジェット』という曲を聞いてノック・アウトされてから,本当にもう16年間。一度も休むことなく,ポールとビートルズの曲を聞き続けて,歌い続けて,愛し続けて来た。

 「青春の1ページ」なんてなまやさしいものではなくて,控え目に言っても僕の青春の半分以上だった。

 苦しいときも,悲しいときも,寂しいときも,辛いときも,楽しいときも,ポールとビートルズの曲だけはいつもそばにいてくれた。

 友情も,恋も,勉強も,喜びも,悲しみもすべてポールとともにあった。

 だからドームの中に入ったらもう完全にダメだった。ハラハラしながら,それでもまだ自分がこんなところにいることが信じられなくて,時計ばかりを見ていた。

 バックスクリーンの前,センター中央部付近に,ポールが立つはずの巨大なステージがある。そして,僕の席は丁度セカンド・ベースの脇のあたり。D12-49。正面からステージが見える。意外にいい席だ。でも,時間はなかなか過ぎて行かない。イライラする。

 午後6時30分,ついにステージ上のスクリーンに,若き日のポール,ジョン,ジョージそしてリンゴの4人の顔が映し出された。今回のワールド・ツアーのために『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』のリチャード=レスター監督が製作したというポールの「歴史映画」だ。

 『ア・ハード・デイズ・ナイト』の,何度聞いたか分からない印象的なイントロが聞こえてきた。

 胸が鳴った。そして,スクリーンには年代を追って次々と,ポールとビートルズの姿が,ベトナム戦争やいろいろな当時のフィルムとともに映し出されてゆく。

 『愛こそはすべて』が聞こえる。

 そして,『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』が聞こえてきたとき僕は泣いていた。まだステージには誰もいないというのに・・・。

 この曲を聞いて今まで何度泣いてきただろう。そんな16年間の思いが頭のなかを駆け巡っていた。

 スクリーンには1964〜1969〜1973〜1989と数字が光っては消えて行った。

 いよいよだ。

 最後にスクリーンに"NOW"と映し出されると,突然ステージが美しい照明に包まれた。ポールだ!ポールがそこにいる!肩から5弦ベースをぶら下げて,遠くて小さくしか見えないけれど,間違いなくポールだ!

 僕は立ち上がった。東京ドームの4万3千人の気持がひとつだった。ポールのベース・ギターからはまだ最初のワン・フレーズも出ていないというのに,まだたった一言もしゃべっても歌ってもいないというのに,その瞬間観客は全員総立ちだった。

 ものすごいどよめき。僕も叫んでいた。「ポール!ポール!」まるで,女子高生みたいだ。でも,そのときは少しも恥ずかしくなかった。ポールが来てくれた。そのとき,僕は確かに「神」を見ていた。

 そして,ついに始まった。『フィギア・オヴ・エイト』−去年出たアルバム『フラワーズ・イン・ザ・ダート』からの最新シングルだ。小気味よいロック・ナンバー。会場はいやがおうにも盛り上がる。ステージ両脇の大きなスクリーンに,ポールやリンダ,そして,ほかのメンバーたちの姿が大きく映し出される。でもでも,その一曲目が終って2曲目のイントロが聞こえてきたとき,僕は本当にもう死んでしまいそうだった。

 『ジェット』!16年待ったんだ。この曲を聞きたくて16年間待ったんだ。体が弾んだ。ポールのシャウトにあわせてこぶしを突き上げていた。

 "I can almost remember their fanny faces that time you told them you were going to marry soon."

 大声で歌っていた。16年間,何度も何度も繰り返し歌い続けてきたフレーズが口をついて出てくる。まだろくに英語も分からなかった中学1年の頃,カタカナに直して一生懸命覚えたっけ。

 「ポール!ポール!」のどが張り裂けるほど大声で叫んでいた。

 1曲目が終る。ポールが叫ぶ。

 "Are you feelin' all right?"

 -イエー!大声で応える。

 "Thank you, Tokyo!" ポールが叫ぶ。お礼を言いたいのはこっちの方だ。

 そして,聞こえてきたのは…キーボード奏者ウィックスがシンセサイザーで作り出したブラスの音。『ガット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ』

 夢にまで聞いたビートルズ・ナンバーだ。

 のっけからだもの,頭がおかしくなってしまいそうだった。知らず知らずのうちにドームの天井に向けて叫んでいた。

 "Got to get you into my life !"

 体が震えてきた。汗が出てくる。目の前にポールがいるんだ。そして,ビートルズの名曲を歌っているんだ。夢を見ているみたい。

 2曲目は『フラワーズ・イン・ザ・ダート』から『ラフ・ライド』。馴染みの薄い曲だけに熱狂は一休み。みんなポールの歌声に静かに耳を傾ける。

 次は何だ!おい,このイントロはウイングス時代の名曲『バンド・オン・ザ・ラン』じゃないか!この曲大好きなんだ。中学2年生のとき初めて買ったロックのLPのタイトル・ナンバーだ。

 あのときは本当にショックだった。この世の中にこんな素敵な音楽があるなんて・・・。そして今,そのときの衝撃がよみがえってきた。スクリーンにはその印象的なアルバム・ジャケットの撮影風景が映し出されている。

 もうやめてくれ!これ以上僕たちを喜ばせないでくれ。でもおかまいなしにポールは続ける。

 "Band on the run. Band on the run!"

 もう,狂ってしまいそう。

 ポールは上機嫌。「コンニチハ」「オッス!」日本語も飛び出す。でも,オッスなんて,きっと1970年に,成田空港で大麻不法所持で捕まったときに日本の留置場の中で覚えたんだろうなと思うと何だか妙におかしい。

 『ウィー・ガット・マリード』。ニュー・アルバムからの曲が続く。いい曲だ。だけど馴染みが薄いからか,客席がちょっと静かになる。

 でもそれもつかの間,ポールがサイケデリックな色に塗ったエレキ・ピアノの前に座った。

 『幸せのノック』。76年にオーヴァー・アメリカ・ツアーでもやった曲だ。リンダが小太鼓を叩いている。肩をゆすりながら聞いた。

 そして,「ちょっと60年代に戻ろうじゃないか。」そう言って,ポールが弾き始めたピアノ。

 このフレーズは?

 回りのお客たちはまだ気が付いていない。でも,僕には分かった。このイントロのピアノ,『オーバー・アメリカ・ツアー』の時とおんなじだもの!

 『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』。相変わらずだ。あのもの悲しそうな声。何て素敵なんだろう。

 「ありがとうポール!」幸せだった。嵐のような拍手の中『ワインディング・ロード』が終る。ポールが先を続ける。

 「この曲を僕の3人の友だち,ジョンとジョージとリンゴに捧げます。」

 "Day after day, alone on the hill..."

 またしてもビートルズの名曲『フール・オン・ザ・ヒル』だ!何と楽しげなポール。そしてエンディング。噂に聞いていたとおりにピアノとポールが台ごとせりあがり,"round round"の歌声にあわせて本当に回り出す。終った。次の曲は?

 ステージが暗くなる。あれっと思っていると,観衆のざわめきのような効果音が聞こえてくる。『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』だ。有名な(かどうか知らないが)日本語で「ポールのアホ!」と聞こえる部分が何回も繰り返されている。アルバムの効果音をそのまま使っているのが分かった。

 そして,イントロ。

 この曲をライヴで聞くことができるなんて,大感激。中間部はものすごくハードに仕立て上げられていた。スクリーンにはサイケデリックな紋様が映る。曲はそのまま『リプライズ』へとなだれこんでいった。手に汗握る。あぁ,60年代にもう少し大人だったらなぁ!と,少し悔しくなってしまった。

 そして,まだビートルズ・ナンバーが続く。『グッド・デイ・サンシャイン』だ。

 アルバム『リヴォルヴァー』からの曲が多い。

 すごい。

 でもポールは僕たちを休ませてはくれない。

「みんなダンスは好きかい?次の曲はダンスにぴったりさ。踊ろうよ。OK? グッド・アイデアだろう。」

 おいおい,一体何をやるんだ。

 そう思うのもつかの間,いきなり始まった。

 "Can't buy me love, love. Can't buy me love!"

 『キャント・バイ・ミー・ラヴ』。すごい!すごい!すごい!涙が出そうだった。この曲をやってくれるなんて。ちょっと首を傾けて,口を突き出すように歌うしぐさ。昔といっしょだ。

 そして,続いてニュー・アルバムから印象的なアコースティック・ナンバー『プット・イット・ゼア』。この曲を聞くと『マーサ・マイ・ディア』を思い出してしまう。

 でもでも,最後にやっぱりポールならではのアイデアが隠されていた。

 "Hello, he-hello-lo, Hello, he-hello-lo"

エンディングがこれまたビートルズ・ナンバー『ハロー・グッドバイ』に変わって行くんだもの。最高。幸せ。

 続いて64年のアルバム『ア・ハード・デイズ・ナイト』から『今日の誓い』。渋い隠れた名曲だ。意外な選曲に驚く。だけど気分が悪いはずがない。

 続いて,ポールが中央マイク,リンダとヘイミシュ=ステュアートが右のマイクにつく。すると,いきなりポールが歌い出す。

 "Ah! Look at all those lonely people..."

 『エリーナ・リグビー』だ!この曲がライヴでやれるなんて。

 ウィックスのシンセが完璧にレコードのストリングスをコピーする。そして,ポールの頭上のスクリーンには次々と老女の顔が映し出される。たくさんのエリーナたち。

 心憎いまでの演出。

 歌った。ポールと一緒に大声で。

 そして,今度はポールの手にベース・ギターが握られた。それもただのベースじゃない。ヘフナーのヴァイオリン型ベース。そう,あの「ビートルズ・ベース」だ。

 ドーム中に効果音が広がる。

 『ジス・ワン』。好きなんだこの曲。ヘイミッシュとの完璧なコーラス。舞台左手から巨大なパネルがせりあがってくる。『フラワーズ・イン・ザ・ダート』のジャケットだ。『ジス・ワン』が終ってポールが言う。  

 「ありがとう。いちばん新しいアルバムから『ジス・ワン』という曲をやりました。次も『フラワーズ・イン・ザ・ダート』からの曲です。」

 曲の紹介の仕方もビートルズ時代と少しも変わっていない。

 "It gose like this." と言って,いきなり歌い始めたのは『マイ・ブレイヴ・フェイス』。最近の大ヒット曲だけあって,会場の盛り上がり方はすごい。

 でもポールは僕たちを休ませてはくれない。やがて,ドーム中を巨大なジェット機の轟音が左右に行き過ぎる。間違いない。『バック・イン・ザ・USSR』だ!

 今以上にペレストロイカが進んでポールがソ連公演をやることがあったら,きっとオープニングはこの曲だろうな・・・何てことを考えていると,ステージが燃えるような真っ赤な光に包まれた。攻撃的なイントロ。激しいロックン・ロール。ロビン=マッキントッシュのギターがうなる。と,今度はさっき『フラワーズ・イン・ザ・ダート』のパネルがあったところに別のパネルが出てきた。ソ連の国旗にある鎌のマークだ。だけど,その上にはちょこんと花が乗かっている。いかにもポールらしいアイデアだ。会場は興奮のるつぼ。

 しかし,息もつかせずハードなロック・ナンバーが続く。

 『アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア』

 最近ではプリンス・トラストのコンサートでも歌っていたっけ。そんなことも思い出す。言わずと知れた,ビートルズのデビュー・アルバムのオープニング・ナンバーだった名曲だ。

 今度はポールがドラムスのクリス=ウィッテンを紹介する。リズムにあわせて踊ろうって言ってくれる。始まった。激しいリズム。『カミング・アップ』。ポールに言われなくても,ひとりでに体が動き出してしまう。(後にこの日のこの演奏がライヴアルバム『ステッピング・ライヴ・ファンタスティック』におさめられた。)

 覚めやらぬ興奮の中で,今度はグランド・ピアノが登場した。

 ピアノの前でポールがしゃべっている。地球の環境破壊についての訴えだ。酸性雨などの環境汚染の廃絶を目指して,今回の協賛者でもある環境保護団体フレンズ・オヴ・ジ・アースへの支援を訴える。真面目だ。会場は一瞬シーンとなる。「この曲を捧げます。」そう言って静かに歌い始めた。

 "When I find myself in times of trouble, Mother Mary comes to me. Speaking words of wisdom, Let it be."

 『レット・イット・ビー』。悲しくては聞き,楽しくては歌い,まさに我が青春そのもの。「ありがとうポール。僕はこの曲に何度勇気づけられたかわからない。」今までの29年の短い人生が走馬燈のように頭のなかを駆け巡った。何よりもそこにポールがいる。そして「あの歌」を歌っている。来てよかった。ドーム中が歌っている。今,みんな心をひとつにして,

 "Let it be. Let it be. There will be an answer. Let it be."

と歌っている。

 最高の瞬間。「生きてきてよかった。」29歳の青二才が吐くにはふさわしくない言葉だけれど,そのとき本当にそう思った。

 ポールがしゃべり始めた。残念ながら英語がよくわからない。ただ,50年代のロック・スター,ファッツ=ドミノとニュー・オリンズで出会ったときのことを話しているようだ。そして彼のスタンダード・ナンバー『エイント・ザット・ア・シェイム』。ポールの音楽的ルーツだ。そういえば,ジョンもアルバム『ロックン・ロール』でこの曲やっていたっけ。

 続いて静かに歌い始めたのは『リヴ・アンド・レット・ダイ』。映画『007 死ぬのは奴等だ』のテーマ・ソング。会場も大合唱。そして,曲は急転直下激しい盛り上がりを迎える。ステージ上で爆発が起こり,レーザー光線が宙を舞う。このコンサートのひとつのクライマックスだ。

 しかし,どうやら終りが近づいてきた。

 「終わるな!まだまだだ!」僕は心の中で手を合わせた。

 でも,そのときはついにやって来た。

 「みんなこの曲だけは一緒に歌ってください。」

 そう言って始めたのは,聞いたことの無い曲。会場はあれっというような表情。でも僕は知ってるんだ。ここでギャグをやるってちゃんとBCC(「ビートルズ・シネ・クラブ」現在の「ザ・ビートルズ・クラブ」)会報に書いてあったからね。

 そう思っていると,案の定ポールが演奏をやめてバンドに叫んだ。

 「違う,違う。その曲じゃない。」芸が細かいよ,全く。

 「本当はこの曲なんだ。」

 そして,突然歌い始めた。『ヘイ・ジュード』

 誰もが知っていた。誰もが歌っていた。

 名曲中の名曲。至高の美。美しい。美し過ぎる。

 "Better better better better better better Oh!"

 4万3千人の大合唱だ。

 "DA DA DA ...Hey Jude!"

 「はい,右側の人!」

 演奏が中断し,ポールの指示で客席右側に陣取った観客が歌う。そして続いて左側。僕たち真ん中のグループはしばらくお休み。でも,歌いたくてウズウズしていた。そして,いよいよポールのお許しが出た。

 「はい,真ん中の人!」

 大声で歌った。のどがつぶれてもいいと思った。歌った。いつまでも歌った。このまま時間が止まってしまえばいいと思った。友だちの顔が,恋人の顔が,僕の前を通りすぎて行ったすべての人たちの顔が,頭の中を駆けめぐった。

 そして終った。頭のなかは真っ白。僕は"OK Paul! All right Paul!"と叫び続けていた。ありがとう,ポール!

ポールとメンバーたちの姿がステージから消える。しかし,拍手は鳴りやまない。鳴りやむはずがない。僕も力一杯手を叩いた。不思議と痛みは感じなかった。そしてみんな叫んだ。

 「アンコール!アンコール!」・・・

 「もう一度出てきてくれ!」---願いが通じた。

 しばらくしてポールはにこやかな顔で現われた。一人だけだ。そして,アコースティック・ギターをつかむ。

 「いよいよだ!」

 だれもが「次」に起こることを知っていた。そして期待している。観衆は息を飲んで見つめる。そして,「あの」誰もが知っているイントロが聞こえてきた。

 「やっぱり!」

 もう誰も止まらなかった。みんな半狂乱だ。そして,ポールと一緒にみんな歌い始めた。みんな知っている「あの」曲を!

 "Yesterday all my troubles seemed so far away, now it looks as though they're here to stay. Oh I believe in yesterday."

 『イエスタデイ』。今まで何人の人がこの曲を聞いたのだろう。何人の人がこの曲を歌ったのだろう。そして,何人の人がこの曲を愛してきたのだろう。ウィックスのシンセサイザーが素晴らしい伴奏を始める。「素晴らしい音楽は世界を救うことができる」ポールはそう言ってくれているようだった。

 『イエスタデイ』が終ると,再びステージ上にメンバーが勢揃いした。

 激しいドラムスのロールが始まる。お馴染みのフレーズ,『ゲット・バック』だ!

 "Get back! Get back! Get back where you once belonged,"

 ポールのシャウトにあわせて,僕たちも叫びながらこぶしを天井に突き出す。このままいつまでも歌っていたい。映画『レット・イット・ビー』のルーフ・トップ・セッションを思い出す。

 あぁ,ジョンがいたらなあ。無理を言ってみたりもしたくなる。と,今度はポールはギターを肩からはずすとステージ右上方のリンダのもとへ駆け寄った。たどたどしい日本語で言う。

 「リンダデス。ウチノ,カミサン!」

 場内からは暖かい拍手。そしてふたり並んでひとつのキーボードを弾き始めた。

 "Once there was a way to get back homeward..."

 『ゴールデン・スランバーズ』。

 『アビー・ロード』のエンディング・メドレーが始まった。ポールはまるで神様のようだった。

 『キャリー・ザット・ウエイト』からいよいよ『ジ・エンド』へ。ドラム・ソロがものすごい。音圧で服が震えているのが分かる。アルバム通りだ。

 そして,かつてジョンとジョージとポールの3人でやったギターソロを,ポールとヘイミッシュとロビンの3人が並んで始める。ステージの上は大騒ぎ。まるで,押しくらまんじゅうのようなスタイルで背中合わせにギターを弾いている。僕はもう自分の叫びをコントロールはできなかった。そして,ついに最後のときが来た。

 "And in the end, the love you take is equal to the love you make."

 −素晴らしい笑顔。みんな手をつないで頭を下げる。嫌だ。やめないでくれ!でも,それは無理。だけどポールは約束してくれた。「マタ,キマス!」ありがとう,ポール!ありがとう,ポール!

嵐が過ぎ去った。今確実に青春の1ページが終ったのを感じた。そして,駅へと向かう道でやっぱり僕はまだ歌っていた。

 "DA DA DA DA DA DA DA, DA DA DA DA Hey Jude!"   と。